2015年1月23日金曜日

薄氷を透して

立花隆:天皇と東大 大日本帝国の生と死(上/下),
2005,文藝春秋社
を読む.
東大論を(書こうと)目指して,‘近代日本史における東大の重み’を書きあげている. 明治維新後の日本の政治における帝国憲法の効能について考えさせる多くの事例を提供している. 東大に焦点を合わせて書かれた‘東大と帝国政府と帝国陸軍の(大日本帝国における)三国史’と読めば,無類に興味深く面白い英雄譚.

そうではあるが,
1. 1940年以降の帝国議会の翼賛議会化への文化的理由と政治責任の指摘が貧弱である
  [河合栄治郎の‘敗戦予想とその戦後見通し’が共有(少なくとも東大の法経学部で)されて
  いないのは何故か?]
2. 大日本帝国憲法における立憲君主制が皇道思想に敗北する理由の解明が欠けている
  [立憲君主制を選択した理由は理解/表明されていたのだろうか?]
3. 敗戦後に,立憲君主制を担保する日本国憲法を提案できなかった理由が欠けている
4. 現在の皇室典範に天皇退位と譲位の規定が置かれなかった理由の詳細が欠けている.
  [天皇退位を尊重した木戸,高木や南原の発言を退けた背景は東大閥ではないのか?]

帝国憲法に担わせた政治指針(近代化と富国強兵)を実現するべく東大という役人養成組織が成立したと見なせば,東大論の提示に至らないのは,東大が‘帝国憲法に基づいて立憲政治を支えることに失敗した’ことを明瞭にしないからではないのか.

1 件のコメント:

Urata Toshio さんのコメント...

最終章「天皇に達した東大七教授の終戦工作」の末尾で,大学としての東大を,「この大学は,いつの時代にも歴史の主役たちを輩出させつづけてきた」と仰ぎ見てしまう遠目,鎮護国家を叫ぶ叡山の山法師を想う.